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仮面ライダーから、3・11以降の想像力へ

『リトル・ピープルの時代』
著者 :宇野常寛
出版社: 幻冬舎
参考税込価格: 2,310円
ISBN-10: 4344020243
ISBN-13: 978-4344020245
4344020243.jpgこの本のカバーには、赤いスカーフを首に巻いた、横向きの仮面ライダー1号の上半身の写真が使われている。しかし、帯にも目次にも、ライダーの文字は無い。3年前に『ゼロ年代の想像力』でデビューした著者の書き下ろし評論集だが、ここに仮面ライダーがどう絡んでくるのか? 前作が刺激的だっただけに、興味深々で読みはじめた。

東日本大震災と、それにともなって原発が爆発して以降の日本は、日常と非日常の境界が融解した危機とともに生きる想像力を必要としていると著者はいう。人間が生み出したものでありながら、いまや人間のコントロールを離れ、私たちの生活を内部から蝕みはじめている、もはや誰にも制御できない無意識に刷り込まれていくであろうこの感覚が、どのような想像力を生むのだろうか? 「こうして考えたとき――私が真っ先に思い出したのが村上春樹の存在だった」として、著者は阪神淡路大震災の後に発表した、連作短編集の『神の子どもはみな踊る』のなかの一作「かえるくん、東京を救う」に登場する「みみずくん」に思い当たる。いまの日本社会に「みみずくん」のような存在を捉える想像力が不足しているのだと。

著者は、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』に登場する独裁者ビッグ・ブラザーと、春樹が『1Q84』で造語したリトル・ピープルをキイワードにして、春樹作品の変容を丹念にたどって見せる。ビッグ・ブラザーとは、アメリカ帝国主義だったりスターリニズムだったりと、国民国家を形成する大きな物語が発揮する権力であり、体制やシステムの比喩でもある。初期の春樹作品は、ビッグ・ブラザーへのデタッチメントを倫理としてきたが、1995年の地下鉄サリン事件に象徴される想像力を超えた社会の変化に立ち会い、コミットメント舵を切る。

「村上春樹はビッグ・ブラザーがゆっくりと壊死する時代に私たちの生が直面する二重性を、その鋭敏な嗅覚で察知し、小説として再構成し数々の豊かな想像力を発揮した。しかし、完全にビッグ・ブラザーが死に絶え、リトル・ピープルだけが存在する新しい世界を、新しい時代の私たちと世界との関係を、「巨大なもの」のイメージを、彼は多くの手がかりを提示しながらもまだ捉え切れていない。」
内外で圧倒的な存在感を誇示している村上春樹の想像力をしても、加速度的に進行しているリトル・ピープルの時代に追いつくだけで精一杯なのだという著者は、国内外で春樹と比肩しうるポップカルチャーに着目する。

こうして登場してくるのが、ビッグ・ブラザーとしてのウルトラマンと、リトル・ピープルとしての仮面ライダーなのである。ビッグがウルトラマンで、リトルが仮面ライダーとは、あまりにも分かりやすいが、それはギャグではない。春樹の作品群を1968年から振り返るとき、ビッグ・ブラザーが徐々に壊死し、リトル・ピープルの時代を迎えるまでの時間を、この二人のヒーロー分析を通して考察するというわけだ。

ちなみに、「ビッグ・ブラザーの時代」は1968年までで、国際秩序は「冷戦」。悪のイメージは「怪獣」。ヒーローは「(第一期)ウルトラマン」。「ビッグ・ブラザーの解体期」は、1968~1995年(日本)2001年(世界)で、同様に「冷戦→グローバリゼーション」「怪人」「(第二期)ウルトラマンと(昭和)仮面ライダー」。「リトル・ピープルの時代」は、1995年(日本)2001年〈世界〉以降で、「グローバリゼーション」「悪のヒーロー」「(平成)仮面ライダー」となる。これも理解しやすい。

戦後を代表するヒーロー番組ウルトラマンは、戦後の文化空間において、「安保体制の寓話」として機能したという分析は面白い。そして「政治の季節」の終わりが明白になった1971年4月2日、「帰ってきたウルトラマン」の放映が始まる。また、そのライバルとして登場した仮面ライダーは、「政治の終わり」を象徴するかのように、その世界から徹底して政治性を排除するとともに、物語性も排除する。

「1968年から始まったビッグ・ブラザーの壊死と、その結果出現したグローバル・ネットワーク化のもたらしたリトル・ピープルの時代の臨界点に発したものを、私はたまたま日本の特異なポップカルチャーの進化の中に見出しているに過ぎない」といいながら、本文500ページ余の半分以上を割いて、ウルトラマンと仮面ライダーやロボットアニメなどの分析に当てるのだが、とりわけ平成仮面ライダーについての論究は熱を帯びる。

そして、リトル・ピープルの時代においては、「いま・ここ」に留まったまま、世界を掘り下げ、どこまでも潜行し、多重化し、拡大することで世界を変えていくことができる。それは革命ではなくハッキングすることで世界を変化させていく「拡張現実の時代」だと、3・11以降の方向性を示唆する。仮想現実的な虚構の時代から、リトル・ピープルによる拡張現実の時代へ。この本の後書きに記された個人的な思いが、そのままリトル・ピープルへの思索とかさなるところが泣かせる。

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