医師の書いた希書にして名著
『環境世界と自己の系譜』
著者: 大井玄
出版社: みすず書房
参考税込価格: 3,570円
ISBN-10: 4622074729
ISBN-13: 978-4622074724
出版社: みすず書房
参考税込価格: 3,570円
ISBN-10: 4622074729
ISBN-13: 978-4622074724
「目前にいる76歳の認知症の女性は、病棟を芸者置屋であると認識している」という冒頭の一文で、ああ認知症の話かと思うだろう。認知能力が低下すれば、人は非現実世界に住む。しかしそれなら、認知能力が低下しなければ、「仮想現実」は現れないか。今回の世界的な金融恐慌をもたらした「金融工学」は、果たしてそうではないのか。著者はここに、人の世界認識の原型を取り出して見せる。人の脳は理性よりも深いところに情動があり、そこに感じる不安を軽減するために、必要な「事実」を取捨して「環境世界」を仮構する。それは痴呆老人の場合も、テロとの戦いを唱えて無関係な戦争を引き起こした政治家の場合も変わらない。そして人は、その仮構の働きを自覚することはできない。著者はこのことを、仏教の唯識を用いて鮮やかに解く。
以上が前提となる人間の条件で、ここから二つの自己観が浮かび上がる。自主独立の「アトム的自己」と、周囲との調和を何より重んじる「つながりの自己」である。例として前者がアメリカ人、後者が日本人を指すことは、すぐに連想されるだろう。
この二つの自己は相容れない倫理を生む。たとえば、がん告知の場合。「アトム的自己」では本人への告知が必須であり、「つながりの自己」ではまず周りに伝える。このとき前者を支える倫理則は「正直であれ」、後者の場合は「嘘も方便」。後者の場合、周りはそれを知らぬかのように振る舞い、本人は周りが知らぬかのように振る舞っていることを、知らぬかのように振る舞う。例として挙げられるのは、膵臓がんで亡くなった昭和天皇。生物学者であった天皇は、自らの病名について一度も尋ねることはなかった(天皇礼賛の本ではないので、誤解の無いよう)。
この二つの自己観の違いが大きな問題になるのは、今まさに地球が閉鎖系であることが明らかになり、環境が最大の問題として立ち現われてきたからだ。自主独立の「アトム的自己」が、自らの責任で開拓すべきフロンティアはすでにないのだ。こうして著者の前に江戸時代の日本が、閉鎖系循環社会の一典型として浮かび上がる。
ここまででお分かりのように、本書全体もまた著者にとっての「世界仮構」であり、特に歴史の解釈にはすぐに細かい異論も出よう。しかし人間観も、倫理も、経済も、政治も、環境もごっちゃになって、どこからほぐしてよいかわからないとき、このような書物の意義は計り知れない。
書名と定価から、なかなか手の出にくい本だとは思う。読んでつまらなければお代は返ししますと、私が担当者なら言いたいところだ。たとえば、中井久夫『分裂病と人類』、養老孟司『唯脳論』と同じ面白さと価値を備えた本だと言えば、少しはお分かりいただけるだろうか。
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