2009年10月アーカイブ
2009年10月29日 10:00
医師の書いた希書にして名著
『環境世界と自己の系譜』
著者: 大井玄
出版社: みすず書房
参考税込価格: 3,570円
ISBN-10: 4622074729
ISBN-13: 978-4622074724
出版社: みすず書房
参考税込価格: 3,570円
ISBN-10: 4622074729
ISBN-13: 978-4622074724
「目前にいる76歳の認知症の女性は、病棟を芸者置屋であると認識している」という冒頭の一文で、ああ認知症の話かと思うだろう。認知能力が低下すれば、人は非現実世界に住む。しかしそれなら、認知能力が低下しなければ、「仮想現実」は現れないか。今回の世界的な金融恐慌をもたらした「金融工学」は、果たしてそうではないのか。著者はここに、人の世界認識の原型を取り出して見せる。人の脳は理性よりも深いところに情動があり、そこに感じる不安を軽減するために、必要な「事実」を取捨して「環境世界」を仮構する。それは痴呆老人の場合も、テロとの戦いを唱えて無関係な戦争を引き起こした政治家の場合も変わらない。そして人は、その仮構の働きを自覚することはできない。著者はこのことを、仏教の唯識を用いて鮮やかに解く。
以上が前提となる人間の条件で、ここから二つの自己観が浮かび上がる。自主独立の「アトム的自己」と、周囲との調和を何より重んじる「つながりの自己」である。例として前者がアメリカ人、後者が日本人を指すことは、すぐに連想されるだろう。
この二つの自己は相容れない倫理を生む。たとえば、がん告知の場合。「アトム的自己」では本人への告知が必須であり、「つながりの自己」ではまず周りに伝える。このとき前者を支える倫理則は「正直であれ」、後者の場合は「嘘も方便」。後者の場合、周りはそれを知らぬかのように振る舞い、本人は周りが知らぬかのように振る舞っていることを、知らぬかのように振る舞う。例として挙げられるのは、膵臓がんで亡くなった昭和天皇。生物学者であった天皇は、自らの病名について一度も尋ねることはなかった(天皇礼賛の本ではないので、誤解の無いよう)。
この二つの自己観の違いが大きな問題になるのは、今まさに地球が閉鎖系であることが明らかになり、環境が最大の問題として立ち現われてきたからだ。自主独立の「アトム的自己」が、自らの責任で開拓すべきフロンティアはすでにないのだ。こうして著者の前に江戸時代の日本が、閉鎖系循環社会の一典型として浮かび上がる。
ここまででお分かりのように、本書全体もまた著者にとっての「世界仮構」であり、特に歴史の解釈にはすぐに細かい異論も出よう。しかし人間観も、倫理も、経済も、政治も、環境もごっちゃになって、どこからほぐしてよいかわからないとき、このような書物の意義は計り知れない。
書名と定価から、なかなか手の出にくい本だとは思う。読んでつまらなければお代は返ししますと、私が担当者なら言いたいところだ。たとえば、中井久夫『分裂病と人類』、養老孟司『唯脳論』と同じ面白さと価値を備えた本だと言えば、少しはお分かりいただけるだろうか。
2009年10月29日 10:00
ナマ原稿から見た検閲の実態
『検閲と文学』
1920年代の攻防
1920年代の攻防
著者: 紅野謙介
出版社: 河出書房新社
参考税込価格: 1,260円
ISBN-10: 4309624049
ISBN-13: 978-4309624044
出版社: 河出書房新社
参考税込価格: 1,260円
ISBN-10: 4309624049
ISBN-13: 978-4309624044
編集者の回顧や、出版人の伝記を読む機会が少なくない。そこにかならず出てくるのが戦前の検閲である。事前チェックでの不許可。あるいは伏せ字(○○○となる)。さらには切り取り(雑誌など、当該の箇所・文章を切り取る)。とりわけ昭和10年代後半の軍部の暴力的検閲はよく知られている(戦後の占領軍検閲は、もっと巧妙で、事前に読み、繰り返し、筆者側、版元側に修正させる。プランゲ文庫には、修正した実物のゲラがたくさん収録されていて、近年、その実像が大分明らかになってきた)。
どのような根拠で、だれが、どういう指令をだし、具体的にはどのように検閲は行われたのか。実務的にどんなことがあったのか。戦争に向って次第に追いつめられる歴史は知っているが、やりとりがもうひとつ分かりにくい。記録や体験談は不当さ(もちろん不当であるが)への糾弾・批判が眼目になっていることが多く、どんな風に、どういう交渉があったのか(すべてが一方的ではあるまい。巧妙にすりぬけたり、絶妙な抵抗もあっただろう)。
本書は、1920年代の改造社にかかわった文学者・学者およそ九十人のナマ原稿約7000枚の発見がきっかけという。原稿という「もの」を通しての考察が新鮮だった。そして、昭和以降、軍部が主導権をもつ前の姿がどうだったか、そのあたりの発掘も興味深かった。
法律上は事後検閲であるが、大正期には出版社と内務省警保局図書課のあいだで、「内覧制度」が出来上がっていた。つまり事前に内諾をとる慣習ルールが生まれていたらしい。発売頒布禁止が出れば回収しなくてはならない(経済的損失は大きい)。それを避けるためだ。「改造」大震災特集号などに、伏せ字、割愛が多いのは内覧から発展した内部規制のためではないかという。
文学にも拡がる。まず演劇。脚本は警視庁保安部保安課からチェックをうけ「検閲済」の印がおされる(出版の検閲では、タテマエとして事後。ところが興行は事前。チェックする役所も異なる)。しかも、いったん通達されると、意義申し立ても再審議の請求もできない行政処分(出版は異なる)。改めて気づくのだが、検閲する権力側は一本化されていない。このことがさらに執筆・版元側に混乱と動揺を生む。権力への対応もわかれてゆく。そこにつけこみ恣意的な「検閲」が拡大してゆく。
そのうちに、内覧を経たにもかかわらず処分が下される。大正末から昭和にかけての円本ブームや、「キング」をはじめとする大衆出版物の激増がからむ。一部には、損失を避け、権力との折り合いに腐心する立場も生まれてくる。当然、出版社・編集者・執筆者の一本化は難しい。結局、幅広い抵抗戦線は構築できずに、ずるずると激しい昭和に突入してしまったのである。
大正末から昭和という転換期。日本の異なった未来もありえたのだろう。可能性と挫折。そんなことも考えさせるところがあった。創刊された「河出ブックス」の一冊である。
どのような根拠で、だれが、どういう指令をだし、具体的にはどのように検閲は行われたのか。実務的にどんなことがあったのか。戦争に向って次第に追いつめられる歴史は知っているが、やりとりがもうひとつ分かりにくい。記録や体験談は不当さ(もちろん不当であるが)への糾弾・批判が眼目になっていることが多く、どんな風に、どういう交渉があったのか(すべてが一方的ではあるまい。巧妙にすりぬけたり、絶妙な抵抗もあっただろう)。
本書は、1920年代の改造社にかかわった文学者・学者およそ九十人のナマ原稿約7000枚の発見がきっかけという。原稿という「もの」を通しての考察が新鮮だった。そして、昭和以降、軍部が主導権をもつ前の姿がどうだったか、そのあたりの発掘も興味深かった。
法律上は事後検閲であるが、大正期には出版社と内務省警保局図書課のあいだで、「内覧制度」が出来上がっていた。つまり事前に内諾をとる慣習ルールが生まれていたらしい。発売頒布禁止が出れば回収しなくてはならない(経済的損失は大きい)。それを避けるためだ。「改造」大震災特集号などに、伏せ字、割愛が多いのは内覧から発展した内部規制のためではないかという。
文学にも拡がる。まず演劇。脚本は警視庁保安部保安課からチェックをうけ「検閲済」の印がおされる(出版の検閲では、タテマエとして事後。ところが興行は事前。チェックする役所も異なる)。しかも、いったん通達されると、意義申し立ても再審議の請求もできない行政処分(出版は異なる)。改めて気づくのだが、検閲する権力側は一本化されていない。このことがさらに執筆・版元側に混乱と動揺を生む。権力への対応もわかれてゆく。そこにつけこみ恣意的な「検閲」が拡大してゆく。
そのうちに、内覧を経たにもかかわらず処分が下される。大正末から昭和にかけての円本ブームや、「キング」をはじめとする大衆出版物の激増がからむ。一部には、損失を避け、権力との折り合いに腐心する立場も生まれてくる。当然、出版社・編集者・執筆者の一本化は難しい。結局、幅広い抵抗戦線は構築できずに、ずるずると激しい昭和に突入してしまったのである。
大正末から昭和という転換期。日本の異なった未来もありえたのだろう。可能性と挫折。そんなことも考えさせるところがあった。創刊された「河出ブックス」の一冊である。
2009年10月22日 10:00
豊富な図版で紹介される、妖しく魅力的な物語
『妖術使いの物語』
著者: 佐藤至子
出版社: 国書刊行会
参考税込価格: 2,520円
ISBN-10: 2,520
ISBN-13: 978-4336051080
出版社: 国書刊行会
参考税込価格: 2,520円
ISBN-10: 2,520
ISBN-13: 978-4336051080
妖術とか幻術という文字を目にすると、子どもの頃に耳にしたラジオドラマや講談や、杉浦茂のマンガを思い出して胸がときめく。ラジオの「新諸国物語・笛吹童子」は、毎週欠かさずに聞いたし、東映で映画化された時にはお祭りなどで野外上映されたのを7回も見に行った。霧の小次郎の幻術。杉浦マンガの猿飛佐助の忍術や児雷也の妖術。キリシタン伴天連の妖術なんていうのもマンガには登場して、その怪しげな魔法の数々が子ども心をワクワクさせた。昔話に登場する隠れ蓑や隠れ笠も、子どもたちには憧れのアイテムだった。
これらはみんな明治以降に作られた講談本からの援用だったのだろうが、江戸末期には妖術や妖術使いが登場する読本や歌舞伎が大人気を博したのだという。この本では、読本や合巻に限らず、江戸時代ばかりかそれ以前の文芸一般に目を向けて、妖術、幻術、忍術、仙術、魔法など、不思議な術の数々を様々な物語から掘り起こし、たくさんの図版とともに紹介していて最後まで目が離せない。
隠れ蓑や隠れ笠も、江戸時代の草双紙の『桃太郎昔語』では、桃から生まれた桃太郎が猿と雉と犬を家来にして鬼が島に行き、鬼を降伏させて持ち帰った宝物の中に、打ち出の小槌とともに描かれているという。もっとも、鬼が島に棲む鬼が隠れ蓑と隠れ笠を宝物として持っていたという伝説は、既に中世の軍記物語『保元物語』にも出てきているというから、ルーツはさらにさかのぼる。ともあれ、江戸時代には、あたかも隠れ蓑や隠れ笠を身につけたように変幻自在に姿を消す、隠形(おんぎょう)の術を使う人たちの物語がたくさん作られてきた。その中には、安土桃山時代に実在したとされている大盗賊・石川五右衛門が、姿を消す術を使う『艶競石川染(はでくらべいしかわぞめ)』などという歌舞伎の出し物もあったという。しかも五右衛門は変身の術も会得していて、それを飼い犬に伝授して盗みを手伝わせていたというから笑ってしまう。
「隠形の術」に続けて、「飛行の術」「分身と反魂の術」「蝦蟇の術」「鼠の術」「蜘蛛の術」「蝶の術」「妖術を使う動物」「妖術を使う人々」「愛される妖術使い」と、全体を10の項目に分けて、奇想天外な様々な妖術や呪術が紹介されていく。カラー図版の引き出しを3枚本文に挟み、奇妙奇天烈な図版を豊富に紹介しながら、妖しくも魅力的な物語が縦横無尽に語られ興味が尽きない。今日のマンガやアニメやライトノベルやファンタジーにつながる、日本の物語の源泉が惜しみなく紹介された、お得で貴重な一冊である。
これらはみんな明治以降に作られた講談本からの援用だったのだろうが、江戸末期には妖術や妖術使いが登場する読本や歌舞伎が大人気を博したのだという。この本では、読本や合巻に限らず、江戸時代ばかりかそれ以前の文芸一般に目を向けて、妖術、幻術、忍術、仙術、魔法など、不思議な術の数々を様々な物語から掘り起こし、たくさんの図版とともに紹介していて最後まで目が離せない。
隠れ蓑や隠れ笠も、江戸時代の草双紙の『桃太郎昔語』では、桃から生まれた桃太郎が猿と雉と犬を家来にして鬼が島に行き、鬼を降伏させて持ち帰った宝物の中に、打ち出の小槌とともに描かれているという。もっとも、鬼が島に棲む鬼が隠れ蓑と隠れ笠を宝物として持っていたという伝説は、既に中世の軍記物語『保元物語』にも出てきているというから、ルーツはさらにさかのぼる。ともあれ、江戸時代には、あたかも隠れ蓑や隠れ笠を身につけたように変幻自在に姿を消す、隠形(おんぎょう)の術を使う人たちの物語がたくさん作られてきた。その中には、安土桃山時代に実在したとされている大盗賊・石川五右衛門が、姿を消す術を使う『艶競石川染(はでくらべいしかわぞめ)』などという歌舞伎の出し物もあったという。しかも五右衛門は変身の術も会得していて、それを飼い犬に伝授して盗みを手伝わせていたというから笑ってしまう。
「隠形の術」に続けて、「飛行の術」「分身と反魂の術」「蝦蟇の術」「鼠の術」「蜘蛛の術」「蝶の術」「妖術を使う動物」「妖術を使う人々」「愛される妖術使い」と、全体を10の項目に分けて、奇想天外な様々な妖術や呪術が紹介されていく。カラー図版の引き出しを3枚本文に挟み、奇妙奇天烈な図版を豊富に紹介しながら、妖しくも魅力的な物語が縦横無尽に語られ興味が尽きない。今日のマンガやアニメやライトノベルやファンタジーにつながる、日本の物語の源泉が惜しみなく紹介された、お得で貴重な一冊である。
2009年10月22日 10:00
政治システムは国家の駆動系
『〈代表〉と〈統治〉のアメリカ政治』
著者: 待鳥聡史
出版社: 講談社選書メチエ
参考税込価格: 1,575円
ISBN-10: 4062584433
ISBN-13: 978-4-06-258443-2
出版社: 講談社選書メチエ
参考税込価格: 1,575円
ISBN-10: 4062584433
ISBN-13: 978-4-06-258443-2
連邦国家とは言うものの、昔も今も米国の日常生活の基本は連邦ではなく州、もしくは市町村などの地方政府である。
英国には、どの選挙区から選ばれようと議員は議場に入れば国家・国益のために働く(国民代表)という不文律があるが、米国議会は「代表なくして課税なし」がコンセプトであるため、そもそも「議員は地域代表である」との観念から逃れることは出来なかった。
些末な相違に思われるかも知れない。でも、この代表観の違いは大きい。議会の運営、選挙制度、行政府の長をどのように選出しどれだけの権限を与えるか、そして政党の性格に至るまで、じつに様々な要素を規定するからである。
米国が合衆国憲法を制定するに当たって厳密な三権分立制を導入したことはよく知られている。それは英国の統治をようやく逃れた各殖民地(州)が連邦政府に強大な権力を持たせることを嫌ったからであった。
米国が合衆国憲法を制定するに当たって厳密な三権分立制を導入したことはよく知られている。それは英国の統治をようやく逃れた各殖民地(州)が連邦政府に強大な権力を持たせることを嫌ったからであった。
著者はこれを「議会が地域代表としての側面を帯びることを改めて制度的に是認した」と指摘する。
議員個人、ひいては政党にとって、抽象的な「国民」の利益より、具体的な「選挙民」の利益を代表したほうが選挙に有利という現実は厳然たるものだ。そこに立脚した行動原理は「代表の論理」といえるだろう。
一方、一期二年にも及ぶ会期中、連邦議会に提出される議案は下院で約六〇〇〇、上院で約三五〇〇にのぼる(!)。大半は審議も行われず廃案になるというが、それでも一議員の関心や知識の範疇を超えているというほかない。
一方、一期二年にも及ぶ会期中、連邦議会に提出される議案は下院で約六〇〇〇、上院で約三五〇〇にのぼる(!)。大半は審議も行われず廃案になるというが、それでも一議員の関心や知識の範疇を超えているというほかない。
そのため米国では、関心のある政策課題が異なる議員の間に、それぞれの関心課題において投票行動を共にする、という協力関係が構築される。
このとき議員同士が同じ政党に所属している必要はない。故に連邦議会では所属政党の垣根を越えて同じ投票行動を取る「交差投票」が一般的に見られるという。
交差投票は政党の役割を薄める反面、とりわけ、政権党と議会多数党が異なる分割政府状態においては政策決定が行き詰まってしまう事態を回避する効果を持ち、停滞する可能性のある政策過程を効率化する。こうした行動原理は「統治の理論」に由来すると考えられる。
これら二つの論理は、成立の前提となる条件が相反するため、いずれの過剰をも回避しようと働くことで米国の国内政治の安定が図られてきたのではないか、との問いが浮かび上がる。
これら二つの論理は、成立の前提となる条件が相反するため、いずれの過剰をも回避しようと働くことで米国の国内政治の安定が図られてきたのではないか、との問いが浮かび上がる。
そうした観点から振り返るとき、米国政治はどのように動いてきたのか、米国の政党とはどのように振る舞ってきたのか、一九八〇年代以降の共和党を主人公に据え、保守とは何か、議会と大統領の関係、共和党と民主党の戦略、を考える作業はなかなか示唆に富む。
かなり面白い本だと思うのだが、本年七月の発売以来、あまり露出の機会が多くないようなので、ぜひ応援したい。
かなり面白い本だと思うのだが、本年七月の発売以来、あまり露出の機会が多くないようなので、ぜひ応援したい。
もしかしたら共和党を主人公にしたばかりに、民主党が議会多数を占め、大統領も民主党のオバマという状況がマイナスに働いたのかも知れない。しかし語られる本質はあくまでも政党を軸とする米国政治の駆動原理であって、そのインプリケーションは些かも損なわれるものではない。
一般読者にはやや取っつきにくい序章をすっ飛ばして、まずは第一章から読み進めて欲しい。
一般読者にはやや取っつきにくい序章をすっ飛ばして、まずは第一章から読み進めて欲しい。
応用的考察として日本の現代政治を論じた終章まで、米国政治、そして政治システムそのものについて、じつに多くの新たな知見をもたらしてくれる好著である。
2009年10月15日 10:10
神は在るモノ、仏は成る者。
『神と仏の出逢う国(角川選書)』
著者: 鎌田東二
出版社: 角川学芸出版
参考税込価格: 1,575円
ISBN-10: 4047034495
ISBN-13: 978-4047034495
出版社: 角川学芸出版
参考税込価格: 1,575円
ISBN-10: 4047034495
ISBN-13: 978-4047034495
昨秋から2度、奈良を訪ねる機会があり、折口信夫『死者の書』に登場する二上山を見ることができた。大和盆地について、〈神仏が共存しつつ棲み分けているコスモロジカルな小宇宙盆地〉と記す本書は、神道の国に仏教が伝来して起きた事件を「神と仏の出逢い」ととらえ、神仏習合の歴史と文化を俯瞰している。神道は、日本列島の風土の中で自然発生的に生まれた、「カミ(神)」と呼ばれる聖なる存在に対する畏怖・畏敬の念にもとづく信仰体系だ。6世紀に伝来した仏教は、インド古来の神話、呪術、民間信仰を否定し、現実の現象と苦しみをありのままに見て正しい行いを実践し、悟りの道に至ろうと唱えたゴータマ・シッダルータが創始者。だから、神道と仏教には根本的に違いがあり、著者は違いを、(1)神は在るモノ/仏は成る者、(2)神は来るモノ/仏は往く者、(3)神は立つモノ/仏は座る者??との3つの対比で示している。
また著者は、神道と仏教とキリスト教とを比較して、宗教の指標として(1)教祖、(2)教義、(3)経典、(4)教団の存在をあげるとすれば、神道は、(1)教祖はいない、(2)教義はない、(3)経典はない、(4)教団はない、という四無主義の宗教らしからぬ宗教だとする。
つまり「宗教」としてはきわめてファジーな神々に、日本民族は魂をゆだねていた。ところが、明治時代に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が指摘したように、教祖も教団も教義も経典も持たないが、大気そのものやうっすら霞む山なみ、湖面に注ぐ澄んだ光の中に、神々しいものを感じとる「感覚」は、美や芸術、剛勇といった「力」に結びついていたのである。そして日本では、対比する神道と仏教がうまく習合し、儒教や道教も入り込んだ。朝廷内で骨肉の争いが起き、政治が武士に移っていく激変期には法然、親鸞、道元らが出現し、室町時代の応仁の乱の時期には、中世最大の神道家、吉田兼倶が現われた。だが、前進してきた神仏習合の文化は、〈明治期の神仏分離令によって強制的に分断された。(略)自然に好き合って結婚した者を強制的に離婚させたわけだから、これは無茶なことで、必ず揺り戻しがくるだろう〉と、著者は書く。
私は、折口信夫の『死者の書』を愛読していて、この作品については、本書でも語られている。『死者の書』は、藤原郎女といううら若き女性が、数十年前に謀反の罪で処刑された貴公子・大津皇子(作中では滋賀津彦)を幻視し、魂を交わらせて見た霊的なビジョンを、当麻曼荼羅に織り上げていく物語だ。日本古来の霊魂観と、仏教の浄土観が習合した物語で、実際、このように「すべて」を兼ねあわせた鎮魂の物語がなければ、浮かばれない魂は少なくないのではないか。ブッダは「真のバラモン」に至る道を説いたが、正しく生きて悲劇的な人生をたどる人もいるし、「現実」の中で山並みや澄んだ光という”あってないようなもの”に心和ませる「歌う」感性を、日本人はあっさり捨てなかった。良い点をとって、主体的に心を強くした、のでは。
神仏分離から時を経て、”霊性”はどこに行ったのか?と思うことに出くわす。今は秋の番組改編期で、ドラマの宣伝ポスターを見かけるが、並んだ俳優の顔はあっけらかんとして、芸能の神を宿らせた感じがない……。故・志村喬、故・片岡千恵蔵、故・笠智衆らかつての名優は、イケメンではなくても、神々しいような顔だったと思うのだが。
本書は、2003?04年に行われた連続講義の記録『神と仏の精神史再考』を書き直して作られた。神仏習合の長い歴史と文化について、これほどすっきりと読めていいのかと思うほど平明な語り口。人心が不安定な今、鈴木大拙の『日本的霊性』から幅を広げた「普遍的霊性」の宗教観を視野に入れ、これからの「宗教」を問う1冊。
2009年10月15日 10:00
テロの背景をさぐった労作
『倒壊する巨塔(上)(下)』
アルカイダと「9・11」への道
アルカイダと「9・11」への道
著者: ローレンス・ライト 訳者: 平賀秀明
出版社: 白水社
参考税込価格: 各2,520円
ISBN-10: 上: 4163708006 下: 4163708103
ISBN-13: 上: 978-4560080191 下: 978-456008207
出版社: 白水社
参考税込価格: 各2,520円
ISBN-10: 上: 4163708006 下: 4163708103
ISBN-13: 上: 978-4560080191 下: 978-456008207
あれから8年すぎたのかという思いから、この本を手にしてみた。ずっと昔のできごとだったような気もするし、つい最近の事件だったような気もするのは、いまだにその余波が収まっていないからだろう。たまたま夜のニュースで、ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機が突入する映像を目にしたときの衝撃は、いまも忘れられない。まるで映画のような、というと語弊があるかもしれないが、世界中の人がテレビという蜃気楼のなかで、驚くほかないリアルな現場に立ち会ったのだ。そのあとアフガニスタンやイラクで戦争がはじまり、暴力とテロの連鎖はいまでもつづいている。思想家のジャン・ボードリヤールは9・11事件について、「それを実行したのは彼らだが、望んだのはわれわれのほうなのだ」と、ぐさっとくる言い方をした。そうは思わないけれども、アメリカニズムの終わりが始まったという予感はする。ただし、それに代わるものは、まだ見えてきてはいない。現状は、相手を叩き、ほころびをつくろい、監視と管理を強める当面の策に終始しているように思える。
安全の度合いを高めれば高めるほど、暴力の水位も上がっていく。これが人類の戦争の歴史だった。意志がめざすのは、つねに意志を超えることだ。これを進歩というか、人の本性というかはともかく、ふと南方熊楠が〈事〉は〈心〉と〈物〉がぶつかるところに発生すると書いていたことを思いだした。〈物〉とは武器やカネでもあるし、時に人でもある。そう考えれば、2年前にピュリツァー賞を受賞した本書は、9・11事件が、どのようにしてというより、むしろなぜ起こったのかを〈心〉の領域までさかのぼって追跡しようとした労作かもしれないという気がしてきた。
本書を一読して、アルカイダが一朝一夕にできあがった急進派組織でないことを知った。そこには、現代イスラム思想のさまざまな分流が流れ込んでいる。著者が最初に取り上げるのは、イスラム原理主義の源流ともいうべきエジプトのサイイド・クトゥブ。アメリカの物質主義に嫌悪をいだき、イスラム復興運動を推し進め、ナセル政権によって処刑された人物である。その後、エジプト国内では、旧来のムスリム同胞団に加えて、イスラム集団、ジハード団といった急進派宗教組織が誕生し、国外にもその活動を広げていった。
ウサマ・ビンラディンの父親はイエメン出身で、石油ブームにわくサウジアラビアにやって来て、土木工事で財をなし、世界有数のゼネコン会社をつくった。22人の妻から54人の子供をもうけたが、ウサマは男子では17番目の息子だ。高校時代からムスリムたることにめざめ、サイイド・クトゥブの著作を読みふけった。パレスチナ生まれのアウドゥッラー・アッザーム導師の影響を受け、アフガニスタンに侵攻したソ連軍を叩くジハードを決意する。「アルカイダ」を結成したのは1986年。アラビア語で「基地」を指す。ジハード団のアイマン・ザワヒリとはパキスタンのペシャワールで出会っている。
ソ連軍がアフガニスタンから撤退したあと、サウジアラビアに戻ったビンラディンは英雄になった。1990年、イラクがクウェートに侵攻すると、サウジ政府はアメリカ軍の駐留を受け入れる。しかし、戦争が終わっても、アメリカ軍の駐留がつづいたため、ビンラディンはイスラムの聖地に外国の「十字軍」がいると批判し、サウジ政府と対立した。国外追放され、スーダンに拠点を移したとき、アルカイダは「反共イスラム軍」から「アメリカ相手に特化したテロ組織」へと方向転換していた。
だが、スーダンにもいられなくなったビンラディンは、またもアフガニスタンに向かう。1996年8月には「二聖地の土地を占領するアメリカに対する宣戦布告書」を出した。さらに98年1月、ザワヒリらと連名で、アメリカに対抗する地球規模のイスラム・ジハードを宣言する。同年8月、ナイロビとダルエスサラームの米大使館同時爆破が、アルカイダによる最初のテロ行動となった。
アメリカの対応は後手後手に回った。アフガニスタンのアルカイダ訓練キャンプなどに巡航ミサイルを撃ち込むものの、ほとんど効果はない。ビンラディンはアメリカ本土での同時多発テロを計画して、アメリカに工作員を送りこんでいた。いっぽうのアメリカの情報機関は、まずいことが起こりそうだと予感してにもかかわらず、CIAやFBIは組織エゴ丸出しで、9・11事件を食い止めることができなかった、と著者は指摘する。
米中枢同時テロ事件の目的は、アフガニスタンという「帝国の墓場」にアメリカを引きこむことだったという。その限りでは、ビンラディンのねらいは当たったようにみえる。おそらく、その先には西洋の影響を排除したイスラム世界の再興が構想されているのだろう。だが、多くの犠牲をかえりみないテロによる急進的なイスラム復興運動が、広く支持を得るとは考えにくい。
テロがめざすのは、慣性化した時空を切り裂き、歴史に亀裂を生じさせることだ。それは空虚で無意味な行為だとしか思えない。むしろ、問題は西洋中心主義の世界が幕を下ろし、アメリカニズムがかげりを見せ、中国が帝国の威容を誇示しはじめ、商品世界の神なきルールが地球全体をおおうなかで、希望に満ちた未来の構図が描けないことである。テロはその隙間に入りこんでいる。
2009年10月 8日 10:00
『運が悪かったね』じゃ、もう済まない
『ハタチの原点』
仕事、恋愛、家族のこれから
仕事、恋愛、家族のこれから
阿部真大
出版社: 筑摩書房
参考税込価格: 1,470円
ISBN-10: 448086397
ISBN-13: 978-4480863973
出版社: 筑摩書房
参考税込価格: 1,470円
ISBN-10: 448086397
ISBN-13: 978-4480863973
9月26日に創刊した「双書Zero」の1冊。70年代生まれの若い書き手を中心に、同じく若い読者向けに「恋愛から政治・経済まで、ポップカルチャーから哲学思想まで」を問題提起するシリーズ、とのこと。著者の阿部氏は1976年生まれ。その彼が、80年代後半生まれの若者に大学で講義をするという形式なので、60年代生まれの私など読者としてはまったくお呼びじゃない。にもかかわらず、手に取り、読んでよかったと思うのは、阿部氏が切り取る「リアル」の切実さゆえ。
副題にあるように、就活・合コン・派遣問題・介護など、幅広い題材を扱っているが、阿部氏といえば、前著『搾取される若者たち――バイク便ライダーは見た!』『働きすぎる若者たち――「自分探し」の果てに』などの若者の働き方問題。本書でも、ファーストフード店でのアルバイトで1万個以上のサンドイッチをつくった自身の体験から、フリーターの就業支援のあり方を論じた章など、仕事に関する考察が、ヒリヒリしていて断然おもしろい。
本書の仕事論における阿部氏の結論は「新卒一括採用の制度を変えろ」ということ。企業が、新卒一括採用を雇用の中心に据え置くかぎり、第三、第四のロスジェネが生まれ、まともな職業教育を受けるチャンスのないフリーターが次々と大量生産され、しかも彼らがどんどん高齢化していく。不況が常態になりつつある今、もう「新卒就職の年が不景気で、運が悪かったね」などと同情してやり過ごしている場合ではないと、阿部氏は訴える。
先日、社内の企画会議で、中途採用で入社した20代男子が『年収200万円で楽しく暮らす法』という企画を出した。「自分の卒業した学部は就職率5%で、みんなフリーターっす。年収200万でどうやって結婚して子どもを持つか、最大の関心っす」と企画趣旨をプレゼンした。その切々とした口調は、彼自身もつい数カ月前までは「ヤングワーキングプア」だったことを容易に連想させて、会議に出ていた面々は絶句した。そういう世界があることを知らなかったからではない。階層的には知的エリート層に分類されるであろう編集者の世界にまで、「リアル」が迫っている衝撃……ちょっと大袈裟だが、そんな感じだ。本当に「運が悪かったね」じゃ済まされないのだ。
装丁もライト、文体もライト、分量もライトだが、いったいいつの間に、ふつうに働くことが、ふつうに結婚することがこんなに困難な社会になっていたのか……を肌で感じさせてくれる力作。お呼びじゃない世代にもお薦めです。
2009年10月 8日 10:00
古代哲学の強靭な生命力
『古代ギリシア・ローマの哲学』
ケンブリッジ・コンパニオン
ケンブリッジ・コンパニオン
編著者: D・セドレー 監訳: 内山勝利
出版社: 京都大学学術出版会
参考税込価格: 5,775円
ISBN-10: 4876987866
ISBN-13: 978-4876987863
出版社: 京都大学学術出版会
参考税込価格: 5,775円
ISBN-10: 4876987866
ISBN-13: 978-4876987863
哲学は決してギリシア本土で始まったものではない。痩せた土地、岩だらけの山、そして青く美しいだけでさほど豊かでもない漁業資源しか持ち合わせない海。古代ギリシアは増加し続ける人口を支えきれず、早くも紀元前1200年の昔に小アジアへの植民を始めていた。おそらくその遠い記憶がトロイ戦争なのであろう。異境の風が吹く小アジア沿岸。その南端に近いミレトスは、90近いサブ都市を持つ海上貿易都市として栄え、ここに生まれ育ち、前585年の日食を見事に予言した者こそが、哲学の開祖タレスだった。東方からの測地・航海・天文などの「術」が、それら現象の根本原因としての「アルケー」(一番元のもの、原理)をひたすら求める「学」となり、宇宙ないし自然現象の全体をもこのアルケーのもとに統一的に捉えようとするミレトス学派が誕生する。
やがてペルシア帝国の小アジア圧迫によって、知の探求は同じくギリシア植民の西の拠点となっていた南イタリアに移り、理性の目だけに現ずる永遠で無変化な存在の姿を指し示したパルメニデスらエレア学派を生む。こうして外地の自由で、また異境的な刺激の中で生い育った哲学がギリシア本土に上陸するのは、哲学誕生から100年以上も経、アテネが帝国ペルシアに勝利したのちのことだった。
前5世紀、戦勝に沸く都市国家の盟主アテネ。議会であれ法廷であれ、民会であれ執政であれまた外交であれ、言論がすべてを動かすこのロゴスの帝国の中で、哲学は大きく変貌を遂げる。知の専門家ソフィストたちを徹底した論理の力で次々となぎ倒したソクラテスは、その強靭な論理による探求の標的を、宇宙から人間へと向け直す。いまや哲学者が全力を挙げて問い尋ねるべきは、人間の魂ではないか、と。
このソクラテスの43歳年少の愛弟子プラトンは、アルケーとしての「理性(ロゴス)」に着目し、この「理性」こそが個人の魂から宇宙全体までをも統べる一切の根源であることを主張する。天体の美しい運行を見よ、一切は「理性」に従い賦活され、見事に構造化されているではないか、と。
プラトンのさらに43歳年下の弟子アリストテレスは、人間の知覚・生命から、人間社会を成立させる政治や倫理、さらには世界を満たす動植物、気象、天体に至るまで、一切を理性の目で理解し、整序された相のもとに記述しつくそうと試みた。彼の巨人的な努力は西欧のほとんどすべての学問の礎を築き、論理学のように19世紀後半まで、論理学といえばアリストテレス論理学そのものだったことなど、2000年以前に達成されたレベルの高さを示す例は枚挙にいとまがない。
こうして、43歳ずつ離れた史上最強のトリオが創り上げた知の伝統は、のちに幸福具現を求めて現れたエピクロス・ストア両哲学を併せ、ローマ帝国の全域に広がっていく。やがて宿敵キリスト教神学にまで浸透した古代哲学が、ようやく退潮を見せたのは近世のデカルト哲学を待ってだった。
本書は、つい15年前のエンペドクレスの70余詩行の新発見など最新の知見をも紹介しながら、読者をこの永遠のギリシア・ローマの知の輝きに導き入れようとする、ケンブリッジ大学などヨーロッパ古代哲学陣による入門書である。


