入会から脱会までの11年
『Nの肖像』
統一教会で過ごした日々の記憶
統一教会で過ごした日々の記憶
著者: 仲正昌樹
出版社: 双風舎
参考税込価格: 1,890円
ISBN-10: 4902465167
ISBN-13: 978-4902465167
出版社: 双風舎
参考税込価格: 1,890円
ISBN-10: 4902465167
ISBN-13: 978-4902465167
『集中講義!現代思想』(NHKブックス)など、歯切れのいい文章でその名を知っていた金沢大学教授・仲正昌樹の自分史である。四十歳半ばの彼が、なぜそんな一冊を上梓したのか。その理由がサブタイトルにある。「へー」と思い、つい手にとって読んでしまった。広島県呉市出身のやや内向的な青年が、どうして統一教会(勝共連合、原理研)に入ってしまったのか。少年期の自分の分析から始まる。ごく普通の、若干、コンプレックス(気が弱く、人付き合いも下手)をもった青年が、自己克服のために勉強をし、東大に入る(理科1類)。入学式直後に、原理研にさそわれ、なんとなく入ってしまう。そのあたりの「ふらふら感」はとてもよく分かる。勉強しか取り柄のない人間が、東大に入ってみて、まわりの連中におびえてしまうのだ。宗教でもなんでもなく、いわば仲間探しが根幹にあることが、正直に書かれていた。
11年もいたのだから、統一教会でいろいろなことを体験している。研修所での修練。学習、伝道、さらに万物復帰(物売り)。万物復帰の論理はこんな風に説かれる。人間が執着するのがお金。だから物を売って、「サタン世界」(堕落した現実世界)から、お金を回収し、そのお金を献金することで、万物を象徴的に神の元に復帰させる・・・というのだ。さらに、21時間ぶっとおしで、「原理講論」の講義を、聴衆を想定し(つまり誰もいない)続ける。要するに壮大なひとりごと。これらすべてを仲間内で競らせる(「信仰の競争」)。韓国での合同結婚式にも参加した。再臨のメシアである教祖文鮮明にも、まみえる。
こう紹介すれば、かなり熱心な会員だと思うだろう。しかし、そこがおもしろいのだが、平凡な存在なのである。次第におちこぼれになり、不満も生まれる。万物復帰では人より劣る。つまり物が売れない。合同結婚式(「祝福」という)の相手も気に入らない。(こんな記述がある。「まず見かけが好みでなかった。そのせいで気分が乗らなかったということもある」)。率直な記述だが、どうも宗教的ではない。しかし、さすが東大生(特権だと私など思うのだが、著者はそれほど気づいていない)、「こんなところにいたくない」とごね、原理研から西ドイツに派遣される(新宗教でもこういう格差がでもあるのだと感心した)。
大学院の試験に落ちたり、世界日報に就職したりさまざまな経過をたどり、結局、いい指導者にめぐり合い、大学院に受かり、そして、次第に脱会というプロセスを辿る。入会動機から脱会にいたるまで、自己救済を求めるという部分がほとんど見えないのも、本書の特色である。だから統一教会への批判もそれほど大きくない。悔恨も反省も同時にそれほど大きくない。醒めているといえばいいのだろうが、あらゆる宗教、組織、イデオロギーもほぼ似たようなものだというような一般的解釈に終始している印象がある。
新興宗教、新宗教に取り付かれてしまった人は(社会的エリートでない人、またそれを捨てようとした人)、生活ぐるみ、家族ぐるみの活動になる。だから、著者のよう比較的平穏に脱会できなくなるのではないか。さらに傷痕も大きい。脱会したオウム真理教信者の回想録をいくつか読んだことがあるが、大分ちがう。
もうひとつ、本書の隠れたテーマは、東京大学である。東大に入学できたことが原理へのきっかけであるし、活動中も、東大生であるがゆえの寛大な処遇、辞めるのも、それゆえにあまり問題なく脱会できる。しかも、大学に就職できる(もちろん、努力は大変なものだったろう)。著者が無意識に頻発する東大という単語。そんなことも考えさせられた。
現代における新しい世代の学問とか信仰について、おもしろい問題を提供している一冊であった。でも、ちょっぴり不思議な感覚も残る(こちらがもう古いのだろ)。なお、ブルーで印刷された本文にも違和感があった。
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