これが「匠」たちの横顔だ!
「神保町の匠」ブログは、元講談社・鷲尾賢也氏が中心の「ムダの会」のメンバーの方々による寄稿です。
この「ムダの会」、年2回『いける本 いけない本』という小冊子を発行しており、その中では編集者、発行人、翻訳家、書店人、大学教授などなど出版に関わる有志の方々が、新刊の出来不出来を大胆かつ痛快に評価をしています。
「不出来」というからには、通常の書評誌などではあまりお目にかかれないような「バサッリ」といったものあり、また巻末には業界事情や現場の声、関係者の座談会など本好きにはコタえられないコーナーもあり、商業誌にはない心意気が感じられます。
(夏・冬の発行時には店頭で配布しますが、そこは早い者勝ち、最新号は在庫がなくなりました)
鷲尾賢也 (わしお・けんや)
ウォーキング代わりに書店・古書店をうろつく「前期高齢者一歩前」。35年におよぶ講談社の編集者生活を終了したにもかかわらず、いまだ書籍の行方を気にしているのは、「病膏肓に入る」なのだろう。書評の現実をなげきつつ、小高賢の名での寄稿も続ける。非常勤講師をしている大学で本を読ませようと声を枯らす。だが「親の心子知らず」、拙著『編集とはどのような仕事なのか』(トランスビュー)などに、学生は見向きもしてくれない。嗚呼!
中嶋廣 (なかじま・ひろし)
1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房は3ヶ月で倒産、ボンヤリ9年も在籍し、京都の仏教書肆・法蔵館へ移籍、ここでいくらか仕事を覚え2001年トランスビュー設立。池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、末木文美士『近代日本の思想・再考』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。

神谷竜介 (かみや・りゅうすけ)
書籍編集者。学生時代ネオアカデミズムの洗礼を受け、未だに「学問ってカッコイイ」と半ば本気で信じる戯け者。作家のアシスタント、フリーライター、雑誌記者、ムック編集者、印刷会社や出版社の営業を経て現職。樺山紘一『旅の博物誌』、牛軍『冷戦期中国外交の政策決定』、鈴木董『ナショナリズムとイスラム的共存』、升味準之輔『なぜ歴史が書けるか』等々をお手伝い。
風巻毅 (かざまき・たけし)
某出版社に潜入して四半世紀、編集業務のかたわら、濫読に邁進する日々。本の山は六畳三間から溢れ出し、玄関・トイレ・風呂場まで占拠中。自慢は、十八年前に草野球チームで一度だけ四番を打ったこと。ちなみに最近涙した本はサン=ピエール『ポールとヴィルジニー』(旺文社文庫、古本屋で購入)。

小林章夫 (こばやし・あきお)
上智大学英文学科教授。専攻は英文学だが、活字中毒なので何でも読む。ポルノも強い。酒も強い。身体も強い。でも女性には弱い。ラグビー大好き。西武ライオンズ大好き。トンカツ大好き。でも梅干しはダメ。牛乳もダメ。著訳書多数。よくわからない略歴です。

今野哲男 (こんの・てつお)
『翻訳の世界』誌編集長を経て独立。「一介のフリーライター」を志すも、「光文社古典新訳文庫」創刊にかかわるなど、「翻訳」といまだに縁が切れない。ライターとしての仕事に、鷲田清一『教養としての「死」を考える』、吉本隆明『生涯現役』、竹内敏晴『生きることのレッスン』など。若いころに入れあげたアングラ演劇の影響圏から抜け出せない困ったおやじでもある。現・上智大学非常勤講師。
松本裕喜 (まつもと・ひろき)
1973年秋三省堂入社。四国の宇和島の果てから出てきたためか、『日本の建築明治大正昭和』(全10巻)『都市のジャーナリズム』『江戸東京学事典』など、都市や建築、江戸や東京をテーマにした本を多く手がける。その東京が東京圏になってしまい、町としての輪郭が薄れつつあるのが残念。近年は「歌舞伎」「文楽」「能楽」「狂言」「落語」などのハンドブックや『三省堂名歌名句辞典』を編集。本を読むのが遅いのが、弱点。
野上暁 (のがみ・あきら)
本名は上野明雄。40年間、小学館に勤務。得意分野は、サブカル。趣味は、妖怪研究、奇祭探訪、秘湯めぐりなどから、壮年オタクとの風評も。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『"子ども"というリアル』『日本児童文学の現代へ』(パロル舎)など。近著『子ども学 その源流へ』(大月書店)では、日本の古代からの子ども観を検証し、現在の子ども問題に独自の視点から切り込む。白百合女子大、東京成徳大学の非常勤講師。
渡部佳延 (わたべ・よしのぶ)
東京・浅草生まれ。小商人の息子だが、大叔母は千束町の芸者の置屋。華奢な格子戸と白い玉砂利の向こうのきれいなお姉さんたちが忘れられない。永い講談社編集生活を先年終了。「君くらい頑固な男もいない」と呆れられた弓削達先生『ローマはなぜ滅んだか』、「君のせいで脳貧血になった。死の商人だ」と叱られた黒崎政男先生『カント「純粋理性批判」入門』も忘れがたい。現在、教養課程で文学に入門してもらうべく骨を折る一方、「朝西柾」名で書いた『サルトル 知の帝王の誕生』(新評論)の続編を執筆中。
小木田順子 (こぎた・じゅんこ)
新卒入社の出版社で単行本&新書の編集を担当。ジャンルは小説以外なんでも。30代後半、退職して「自分探し」の旅に出るも、本づくりの快楽が忘れられず、仕事に戻る。復帰作は『高校生からわかる日本国憲法の論点』(伊藤真)。新たな職場では再び単行本&新書を担当。ジャンルはやはり小説以外なんでも。趣味で読む本は小説込みでなんでも。ただしナンパ系。「自分が匠を名乗るのはいかがなものか」と悩み続けるヘナチョコ書籍編集者。
木村剛久 (きむら・ごうきゅう)
共同通信社で二十数年、書籍の編集を担当し、まもなく定年を迎える。『妻たちの思秋期』『もの食う人びと』などのほか、『マクナマラ回顧録』『現代史』『二つのコリア』『ウォーター』『ヨーロッパ』など翻訳書を数多く手がける。訳書・共訳書に『太平洋世界』『国民の天皇』がある。歴史と人物をテーマに、山片蟠桃、渋沢栄一、柳田国男などの大作をホームページ「海神歴史文学館」に発表しており、いつでも読者のクリックを心待ちにしている。
奥武則 (おく・たけのり)
新聞記者33年,大学教師になって6年目。新聞社では学芸部が長かった。最後は,シコシコと朝刊1面のコラムを書いていた。大学では「ジャーナリズムの歴史と思想」という名前の授業が主担当。自己認識としては「日本近代史研究者」のはしくれのつもりだが,立場上,「マスコミ問題」だの「取材文章実習」といった授業もやっている。最近の著書は,『論壇の戦後史 1945?1970』(平凡社新書),『露探――日露戦争期のメディアと国民意識』(中央公論新社)。





